SNSの歴史コラムの内容で…

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    義経さんは
    血縁という事で兄の温情があると思い、軍監…目付役の梶原氏を軽んじた為、恨みを買って、という流れでしたが、実際には兄で源氏棟梁である頼朝さんが守ろうとしたのは武家…御家人の「秩序」だったと言います。

    そもそも、守るべきものが「血縁」だったとしたら、源氏棟梁と言う立場と役割は成立しませんし、世の中の争いは絶えません。

    あるのは無法…混沌ですからね。

    故に後々、「下克上」という事が起きるのです。

    下克上にはルールがあり、ただ野心のみで無法を働いていると言うわけではないと言います。

    すなわち「謀反」ではない、という事です。

    謀反を下克上とは呼ばないそうで。

    義経さんは、「軍人としては優秀だったかもしれませんが、政治家ではなかった」と言われたりもしています。

    感覚…感性で生きる人だったんでしょうね。

    僕は一か八かと言われる義経さんの戦略を、理解はできるんです。

    ただ、生き方が不器用なところを見るに、タイプが同じなのかなぁという切なさがあります。笑

    ひとつ掛け間違うと、思わぬ方向に向かうのは誰しも同じなのかもしれません。

    仕事の成果も大事ですが、少し踏みとどまって家族、郎党のことを考える…一事(成果)が招く結果を考えることも大事ですね。

    すなわち、「単発なのか再現性なのか?」という事も考えるべきことだと思います。

    歴史は本当に勉強になりますね。
















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