哀悼。

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    3月11日は東日本大震災の日でした。

    当店では、心静かに哀悼の意を込めて仕込みに没頭しておりました。

    これから献杯をしたいと存じます。

    東日本大震災に限らず、僕らが復興に向けてできること。

    それはlife must go on。

    感傷に浸っている場合ではありません。

    現世に生きる生者…我々が行動しないならば何も成し遂げられません。

    復興の為に何かする、のではなく、平素から積み上げることがあって復興につなげる、ということが大事です。

    災害の予想は難しいですが、災害が起きてからよりも、そのための備え蓄えはできるはずです。

    僕が就職した頃はバブル期のピーク前後でした。

    そしてこれまでの流れを「浅草〜秋田」で感じ、思ったことがあります。

    三国志の「魏」における曹操〜曹叡の流れと似通った部分があります。

    危機感の喪失が、低迷や破滅を招くのです。

    敵は外にいるのではなく、「己の慢心」です。

    ※昔話で、お地蔵さんの目が赤くなると水害が起きる、という話がありました。
    おばあさんは信心深く、そのことを熱心に村の若いものに説いていました。
    ある時、若いものたちが「おばあさんを驚かせてやろう!」といたずらを画策。
    お地蔵さんの目を赤く塗りました。
    おばあさんは大慌てで「みんな逃げろ!」と避難を勧告。
    ところがみんな、いたずらだからとタカをくくって笑い飛ばしておりました。

    すると、鉄砲水が現れ、おばあさんを除く村人は水に呑まれて亡くなってしまったというのです。

    災害は忘れた頃にやってくる。

    そういったお話だったのでしょうか?

    いずれ、危機感の喪失が、身の破滅を招くのです。

    どれだけの窮地であっても、危機感を保っていれば切り抜けられると思います。

    もっと言えば、バイアスの解除ですね。
    バイアスがかかった状態では、危機感は眠ってしまいます。
    人間はそういう精神構造なのでバイアスが、バイアスだということに気づかねば、危機感を取り戻せません。

    一説に、日本人は世界一、恐怖を感じる民族だと言います。
    だからかな、僕はそこが良い仕事をする原動力というかモチベーションになっているんだと思います。

    恐怖感…それは必ずしも外部からの攻撃に対して、ではなく、完成度への評価とかもあるでしょう。

    結果はいずれにせよ、とりあえずのゴールまで持っていくには、自分自身が納得できる成果なのか?が重要なこともあります。

    そういった部分が危機感であるのかもしれませんね。

    危機感を喪失してしまっては、日本人としての何かが欠落するのかもしれません。

    節度…エチケットやマナー、モラルといったものでしょうか?

    気をつけたいものです。

    さて。

    秋田のふぐがぼちぼち活気付いてきましたね♪

    そこで、おととしからある構想を練っていたのですが最近の当店の流れを見ますに、どうやらそれが可能に感じて来ましたね♪

    これが軌道に乗ったら画期的です。

    勢いが無くなってからというもの、僕も意気消沈しておりましたが、あることを考えてからは、着実に向上して来ました。

    事実、県外のお客さんの反応はすこぶる調子が良いというか、思った以上に良過ぎるのでいささか面喰らっております…

    もっとも、コースは「弍」です。

    実は全国平均でいう標準レベルに相当するコースが「弍」なのです。

    以前…10年以上前になりますか、その頃はまだ、秋田でふぐが浸透していなかったので、価格帯に違和感を感じる方も多くいらっしゃいました。

    今は普通に他店でもこのぐらいの価格が受け入れられておりますが、とにかく苦労しました。

    そこで低価格コースを考えたり、今のコース「壱」を前面に推そうとしておりました。

    低価格コースは、無理でした…笑

    クオリティとのバランスが取れないという事態に至った為、飲み放題とセットに限定して供しております。

    あまりに集中し過ぎて品薄になった時、全国的に供給源を広げたのですが、それでも賄えないと理解しました。

    さらには競合店の出現と激増、リーマンショック等の状況変化、悪天候等の影響、また、抱えていた問題点の解決を先延ばししていた事等、重なるだけ重なった事が大きく災いし、ドン底へと至りました。

    しかし、震災前後からの研鑽により、昨年には設備やシステム等の面で確立したものがあり、危機感を保ちつつ、不安感を拭い去ったのです。

    こののち必要なのは時間と人手ということになりましたが、時間は確保したというか、ドン底以来、たっぷりとあります。

    この時間があればあるほど、クオリティ面は強化されていきます。

    「塞翁が馬」といったところですね。

    人生はどう転ぶかわからない辺り、本当に面白いです。

    とはいえ、ドン底の渦中にあった時は、心が折れかけていました。

    それでも前進することを辞さずにいたのは、「秋田ふぐ」のクオリティ提唱者は自分であるという、自惚れと言われたにしても「自負」があったからです。

    僕は秋田に帰郷した20年前に、好きなふぐのクオリティを秋田で確認しておりました。

    当時、秋田ふぐの存在を知る者はごく少数、秋田ふぐのクオリティがどれほどのものか知る者は更に少数、飲食店ではほぼないに等しい状況でした。

    つまり、ふぐの位置付けはそういうものだったということです。

    僕はただ単純にふぐが好きで、九州まで食べにいった事があります。

    九州まで、ということは当然、本場と言われる下関にも行って参りました。

    解釈は諸々あると思いますが、当時は「ふぐの聖地」という受け止め方をしておりました。

    その時の僕のテンションは凄かったです!

    当然ながら、下関滞在中はふぐ三昧!
    もう、これでもかこれでもかと、ふぐ以外は眼中にありませんでした!

    そして収穫も大きかったです。

    やっぱり聖地ですよ。

    あれだけふぐ三昧が可能なんですから。

    デパ地下の食品売り場のほとんどがふぐだったし。

    当然ながら?食堂街はふぐ屋さんが数軒あるし。

    でも、今の当店のペースになってからは、あることを確信しています。

    その確信を現実化するのは誰か?

    いや、誰かじゃなく、いつなのか?ですね。

    3月11日にまつわる…というか単に時期的なものかもしれませんが。。。

    なんだかイメージが違うんだはんで、いぐわがんねすどもな。























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