critical thinking

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    クリティカルシンキング。
    image1.pngクリティカルシンキングとは、感情や意見に流されることなく、客観的に物事を判断しようとする思考プロセスを指します。 物事の本質をとらえる考え方といえるでしょう。 クリティカルシンキングと類似した概念の一つに、ロジカルシンキング(論理的思考)があります。*

    *〜*、通常、意識することはないかな。

    感情任せ。それが一般的。

    理論や理屈ばかりフォーカスするのもどうかと思うけど、理論が破綻してることに対しては取り合えないことも。

    その辺、時々見え過ぎることがあるんで、馬鹿正直な僕は対応に困る。

    馬鹿正直な故人といえば、「韓信さん」

    古の中国「楚漢戦争」における漢サイドの大元帥ですね。

    戦の天才ではあったけど、残念ながら人間というものは、突出した才能があればそこにのみ能力が発揮されます。

    僕は他人の言葉を採択してブレていますが、韓信さんは他人の言葉を軽くあしらう傾向も見られます。

    それは、他人の言葉を信用するとかしないとかじゃなく、自らが上だ…優れている…という意識でもありません。

    中途半端な「義侠心」があり、戦ほど見通しが立たないだけだったのです。

    まあ、人生というものは、誰しも一度きり。
    見通しなんて、立っても立たなくても同じこと。
    そこに至って見なければわからないものです。

    スタートする以前の話なんじゃ無いかな?と思いましたが、それも無理があります。

    ではなぜ、韓信さんは戦の天才だったのか?

    実は戦というもの、「法則性がある」のです。

    これが「日常の業務」に非常に近いので、僕は「孫子」という書物を25年以上にわたって愛読しております。

    古の中国には、兵法書の類は多かったと思いますが、韓信さんも、漢軍の参謀「張良さん」も、いや、立身出世或いは必要上での場合も含めて、戦に関わる人たちは全て、当然ながら学んでいたと考えられます。

    そして韓信さんは若い頃、非常に貧しく、他人に飯に面倒を見てもらうような境遇だったと伝わっています。

    これが事実かどうかはわかりませんが、広く伝わっていることから、おそらく真実であると思います。

    昔は識字率も低かったろうし、学ぶにはお金も必要。
    何故、韓信さんは学ぶことができたのか?はわかりませんが、いずれ韓信さんの望みが大元帥かどうかはともかく、そう言った立身出世の「野望」はあったと考えて間違いないでしょう。

    数々のエピソードがそれを如実に物語っています。

    しかし彼はいずれ「大元帥」止まりのプラン…スキームしか持ち合わせていなかったのです。

    戦が終われば用済みになるわけです。

    「狡兎死して走狗煮らるる」の例え通りです。
    僕も庵河豚に勢いがあった時期…いや、スタートからですね、ノープランだったのは。笑

    そこで、事業計画にも「クリティカルシンキング」だなぁと。

    まず、自分の人生を考えてから、が大前提。

    優先順位、ということではなく、そこが基本。

    旨いふぐを提供するにあたって、誰が誰の知識と技術、心意気を伝えるのか?

    それはどうしたら実現できるのか?

    クリティカルシンキングです。

    当たり前の話ですが、それが一般的には越えることが難しい「壁」もしくは「ハードル」になっておりますね。

    知らなきゃ「客観視」も「俯瞰」もできない。

    たったそれだけです。ゴールの設定と学び。

    そういうことだと思います。















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