ここは秋田だという事。

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    ここは天国じゃないんだ。かといって地獄でもない。いいヤツばかりじゃないけど、悪いヤツばかりでもない。見えない自由が欲しくて、見えない銃を撃ちまくる。本当の聲を聴かせておくれよ。

    トレイントレイン走っていく。トレイントレインどこまでも。クレイジートレイン走っていく。クレイジートレインどこまでも。

    前半はブルーハーツでしたが、終盤にはオジーオズボーンになってしまいました、カートンこと、庵河豚店主です。

    晴天の日曜日、 私はファイン。and you?

    筋トレしたら、仕事します。ここは秋田だという事。その点が非常に見極め難い部分でしたが、やっぱり答えは出ません。しかし、私なりの結論が出そうです。

    ここは秋田だという事。だから私は秋田にいるんだと。その為に秋田に生まれ、秋田に帰って来たんだと。浅草で12年修業したのも、その流れだということ。

    少しずつ…過去の経験を思い出し、少しずつ…繋げていく作業の中。

    「私は何故、この秋田に生を受けたのか」が見えてきたのです。

    来る15日は、母の41回目の命日。盆です。33回忌は父親の7回忌と同時に執り行いました。それから8年になるのですね。

    思えば、母親が亡くなる前には既にイジメに遭っており、イジメとは無縁に、当時(3才)隆盛だったキックボクシングに興味を持ち、併行して対人の力関係について考え始めたのです。

    今また、体力、格闘術以外の力関係が大きく影響している生活です。私が秋田に帰郷する少し前から気になっていた「周辺有事」という不穏な言葉。3・11事件、リーマンショック、大震災。その流れには、キーワードとして出していない事項も多数あり。

    全ては仕組まれたかのようであり、そうではないようでもあり。ただ、私の人生の中での必然は、必ずそこに「私」という存在があること。たったそれだけのこと。

    たったそれだけのことが、秋田から始まったのだということ。そして、秋田で苦しんだと言う事実。事の如何、是非善悪問わず、見えたことがある。

    私が私でなければ、私のことで苦しんだりはしない。私が苦しんだとしても、私以外は誰も苦しまない。

    つまり、そういうことだった。考え過ぎていたと思う。

    斥候、偵察部隊は、大将と同じ視点がなければ用無しである。そこに「主観」は無用なのである。ただ、役目、役割を果たすのみ。

    こういったことが、日常生活の中で関わってくる。

    薪割り、加圧、筋トレ。

    これらを生活に組み込んだ時、リズムが変わる。激変した。そして今、協力者がいない。ここも将来に向けての、ひとつのポイントである。ただ、道は二つ。見えたのは、二つ。

    とはいえ、方針転換はまだ先に。









    コメント
    3・11じゃなくて9・11でした…
    • 店主
    • 2015/09/23 8:10 PM
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